MKK TOKYO

青山学院大学 経済学部経済学科 3年(2017年5月現在) 。 企業研修を受ける中で人に何かを伝えることの難しさを痛感。 少しでもそれを克服できるように、また、少しでも“何か”を人に届けられるようにと思い立ちブログを開設。

【一点突破のリスクヘッジ】

 

普遍的なことっておもしろくなくて、エッジの効いたシンプルな一点突破がしたい。

強固で、誰も真似出来なくて、他の追随を許さない一点突破。

 

大学受験を思い返しても、全教科足並み揃って合格点をとる生真面目なタイプではなかった。

得意科目のアドバンテージ分で、他教科との点差を埋め、帳尻合わせをする受験スタイルだった。

それは一般的な正解ルートではなかったこそすれど、不器用ながらも勝ち取った合格があって、今僕は青山学院大学で学生生活を送っている。

 

しかし、一つ頭飛び抜けて、何か誇れる分野があればそれでいいというわけでもないだろう。

"できないこと"から遠ざかり、"できること"だけに注力するのは、単なる甘えだ。

苦手なことも"そこそこ"頑張らないといけない。

それでも、僕は得意分野で一点突破がしたい。

 

何か新しいことを始めたいとは常々思う。

意識高く目標を掲げる行為それ事態は、素晴らしいことだろう。

しかし、これだけ技術が発達し、材料さえ揃えればそこそこのコンテンツは誰でも作れてしまう時代。

新しいことを始めてみても、すぐに、他の誰かに真似され、競争社会の中で埋もれてしまうのは時間の問題だ。

 

少し前に、カメラマンの友人と「自分の強みって何?」という議題でアツイ(笑)話をしたんだけど、時間と共にタバコの吸殻だけがどんどん増えていったのを覚えている。 

それまで"自分の強み"と思っていたことはあったけど、自分が思っている以上にはそれを裏付ける実力は足りていないと気づいたからだ。

 

自分の強みをもっと強固に、もっと鋭く磨く。

その先に初めて"大きな挑戦"はあるのかもしれない。

 

 
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僕の誕生日祝いにと、お店の方がシャンパンを開けてくれました。

あの店のレバーまた食べに行こっと。

 

Porco Rosso

03-5422-8758

東京都渋谷区恵比寿1-25-4

ラスティック恵比寿1F
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13174843/

【2016年の世界観】

 

全然開いてるお店ねぇじゃん!!

 

12月31日20時頃、仲のいい友人とそんな風に二軒目の飲み屋を探しているところから、「あ、今年も終わりなのか。」と気づきました。

 

ごきげんよう、2017年。

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12月に入ってから身辺の大きな変化があり、それまでの生活環境がガラッと一変。

バタバタとした年の瀬を迎えていました。

 

そんなこんなで、“新年の目標”なんて誇らしげなものをしっかり考える余裕もなく、気づいたら2017年は来ちゃってて。

 

カタチとして初詣は済ませたものの、どうにも気持ちの方は切り替わらず、ダラダラとした正月を過ごしていた恥ずかしい21歳です。

 

ザッと2016年のことを思い返すと、昨年は“知人、友人に新しい世界観を魅せられた一年”だったと言えます。

 

友人の紹介で撮影モデルをやらせてもらったり、プロモーション活動の手伝い、イベントの企画運営をやらせてもらったり、挙げれば切りがないですが、今年は特に知人友人経由で仕事を紹介してもらうことが多かった印象があります。

 

それらを通じて“誰かの世界観”に触れることで、新しい価値観との出会いに繋がったり、“今の自分の世界観”と化学反応が起きて、また違うモノの見方ができるようになったり、内面的な変化に繋がりました。

 

自分ありきの挑戦、自分主体の挑戦が今までの僕の“挑戦”のスタンスだったのですが、誰かからの誘いを受け結果として挑戦することになったという意味で、友人のチカラは偉大だなぁと感じた一年です。

 

僕の学生生活のテーマは「いろんなことに挑戦し、自分の世界観を広げること。その上で生涯やり抜きたい仕事を選ぶこと。」なので、引き続き2017年も挑戦の1年にしたいと思います。

 

「こんなことするのは時間の無駄でしょ!」なんて思うほど生き急いでるわけでもないし、体力が底を尽きそうというわけでもないので、可能な限り色々なことに挑戦していきます。

 

皆さん、今年も宜しくお願いします。

遅ればせながら、新年のご挨拶とさせて頂きます。

 
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【20歳の自分へ】

 

わからないことは「わからない」とハッキリ言い、できないことは「できない」とちゃんと線引きする。

 

それでいて、自分が責任を持ってできることには自信を持ち、今の自分からちょっと背伸びすれば届きそうなことにどんどん挑戦すること。

 

“自分の限界”は事実存在するから、下限を知ることは大切だけど、上限は自分の力で少しづつ伸ばしていくものだと思います。

 

一年前、20歳になったばかりの自分にそんな言葉を諭してあげたかったけど、気づけば21歳になってたよ。

 

新成人のみんな、おめでとう。

 


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【No Music, No Life.は古い】


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これがないと無理だなーと思うアプリの一つに、AWAという音楽配信アプリがある。

月額制で好きな曲を好きなだけ聴けて、それでいて自分が聴いてきた曲を元に「あなたにオススメの曲」をアプリが自動で提案してくれる嬉しい機能が備わっている。

 

 

自分で曲を探す手間が省ける訳だから、ガンガンいろんな曲を試せるし、「お気に入りの曲」が少しづつ増えていくことで、クローゼットの中の服が新しく1着増えた時の様な充実感を味わえる。

「これだ!」と、最初のイントロを聴いてピンと来る曲もあれば、歌詞を眺めながら「あ、これいいじゃん」って終盤あたりで“お気に入り追加”をタップすることもある。

兎にも角にも、新しく「お気に入りの音楽」と出会える瞬間は、僕の生活に潤いを与えている。

 

これといった面倒な利用登録も無く、ダウンロード初月は無料で試せるのが嬉しい。

このアプリの恩恵を受け、出会ったのがJess Glynne。


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Jess Glynne(ジェス・グリン)は26歳、今イギリスでもっとも注目されているシンガーソングライターの1人だ。

彼女が注目を浴びるキッカケとなったのは、ゲストボーカルとして参加したClean Banditの「Rather be」という曲が、2014年のグラミー賞を獲得したことに由来する。

耳に残るキャッチーなサビが印象的だ。

 

彼女の曲は、オシャレなアップテンポのビートに、背中を押してくれる前向きなリリックが特徴。

  

「Don't be so hard on yourself」が今、僕のプレイリストの一番上にある。

お気に入りのこの曲から、僕の一日は動き始めるのだ。

 

 

AWAを通じて知ったアーティストをもう一組紹介したい。

 “Suchmos”だ。 


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Suchmos(サチモス)は、2013年に神奈川県出身の6人で結成され、男らしい渋さと艶やかな大人の色気を併せ持つロックバンドだ。   

  

何曲か聴いてみたけど、その中で「STAY TUNE」が僕のお気に入りの曲となった。

「偶然なんか待てないよ」「うんざりだ」「Mで待ってるやつ もうGood night」


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ネガティブワードにも思えるこれらの歌詞が、肩の力の抜けた「大人の脱力感」にも思えてなんとなく好きだった。

 

もう1つ気に入った曲があったのでシェア☞

 

音楽の無い生活は当然考えられないけど、タワレコの「No Music, No Life」というキャッチコピーはそろそろ「No CD,  No Life」に変えるべきだろうと思った。

いま、Musicはスマホで手に入る時代だ。

 

 

 

【媚びない勇気】


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雨に濡れた夜の街が好きだ。

水溜りに反射した光が いつも以上に街を輝かせるから。

都会を彩るネオンの光は僕の目にそう写った。

思わずスマホのカメラを起動せずにはいられない、そんな衝動に駆られた夜のアオヤマ。


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日常生活の中で、そんな衝動的欲求に駆られることが多く存在するだろうか。

他人の目を気にせず「こうしないと気が済まない」と思うことが。

自分のエゴを最優先にしたい瞬間が。

 

人との関わり合いに多少なりとも揉まれれば、僕らはそれなりに「他人の目」を気にするようになる。

そうやって少しづつ「他人に嫌われる行動」とは何かを学び、それをしないように気をつけていくことで、“行動規範”は身についていくのだと思う。

僕らが「他人の目」を気にする最大の理由は、人との「面倒くさい衝突」を避けるためだろう。

「他人の気持ちを考えよう」だとか、「思いやりを持とう」だとか、そんなキレイごとなんかじゃない。

トラブルを避けたいからだろ?

そう疑問視してしまう自分がいる。


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電車内、とある高校生のヘッドフォンから音楽が漏れていた。

それを見た50代のサラリーマンが車内で突然、怒号と共に説教を始めた。

物好きなオッサンもいるもんだと思った。


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ひと、一人が影響力を発揮できるテリトリーなんてたかが知れている。

世界人口が72億人を超えた中で、僕らが生きている間に顔を合わせ、同じ空間で、同じ空気を吸い、同じ1杯のラテを啜り、会話を楽しむ瞬間をどれだけの人と交わせるかなんて考えてみても仕方がない。

身近な人たちを大切にするだけで僕らは精一杯なのだ。

 

「人として当たり前のこと」さえ守れていれば、今まで何度も顔を合わせ会った相手はそう簡単に離れていかない。

それでいて、離れていく相手が余りにも多いなら、最初からビジネスライクな「何らかの目的」を持ってあなたに近寄ってきた連中だ。

大人になればなるほど友達が出来づらくなると言われる由縁はこれかもしれない。

  

無理に友人を作ろうと躍起になるのも考えものだろう。

友人は多いに越したことは無いが、それが自分にとっての負担となるならば本末転倒だ。

 

 

他人のエゴをしっかり受け止められる人でいたいけれど、自分の意見はハッキリ伝えられるようでいたい。

嫌われる覚悟も時には必要だ。

それでも離れずにいてくれる人を、僕は友と呼びたい。

 

「一期一会」だなんて簡潔にまとめた言葉は好きじゃない。

お互いの素性を分かち合えた仲だ。

 

一期終わっても、また会いたいじゃん。 

 

 

 

 

【21回目の夏】


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昔は夏が嫌いだった。

中学生の時、高校生の時、思い返せば夏休みの宿題はギリギリになるまで溜め込むタイプだった。

あー、もう夏が終わるな。

そんな、ふとした季節の終わりを感じる時に、我に返るように課題の存在を思い出す。

万事休す。

もう少し“夏の思い出”に浸っていたい気持ちを他所に、慌てて課題にとりかかる。

後味の悪い夏をいつも送っていた。

 

 

1995年生まれの僕にとって今年の夏は特別な意味を持つ。

もう子供じゃない。

“大人”という体裁のもと初めて迎える夏だ。

 

子供と大人の違いはなんだろうか、考えてみた。

明確な定義など存在しないだろうが、僕の思う子供と大人の違いは、“責任の重さ”だ。

それまでずっと親に守られながら育ってきた環境が一変する。

 

大人となった今、自分の身は自分で守らないといけない。

やるべきことも全て自分でやらないといけない。

結婚して子供が生まれれば、自分以外の誰かをも守らなければならない。

課題の答えを隠れて教え合っていた親友は今年入籍した。

苦手な読書感想文をいつも手伝ってくれていた姉は数ヵ月後には新社会人だ。

 「自分のことなんて自分一人で完璧にやれて当たり前。」

その自覚をもてたらもう大人だと僕は思う。

 

 

大人になったことの責任を少しづつ肌身で感じながら迎えた夏。

“やるべきことリスト”はすぐに片付けた。

そのぶん生まれた余裕で、“やりたいこと・やってみたいこと”に注力した。

 

基本的に僕は好奇心旺盛な性格だ。

誰かがまだやっていないこと、手を付けていないことを見つけ、誰かに真似される前にトライしたい。

 

 

“挑戦すること”は負う必要の無い責任を自分から望んで負いに行く無謀な行為でもあると思う。 

未開拓な領域が未開拓である由縁は、

①単純にそれまでその存在に誰も気づいていなかった。

②開拓することのリスクをみんなが恐れて今まで避けられてきた。

のどちらかだろう。

どちらにせよ、“挑戦すること”と“責任を負うこと”は表裏一体だと言える。 

 

 

今までは夏が嫌いだった。

暑いし、動きたくないし、子供じみた理由だけど、楽しいこと以外何もしたくない気だるさがあった。

けど、今では夏が好きだ。

大好きだ。

何かに挑戦することのリスクを考えれば考えるほど、足踏みをしてしまう自分がいるけれど、きっとオレなら大丈夫。ってポジティブな気持ちに夏がしてくれる。

 

 

夏が1番好きな季節となった。

季節が僕の背中を押ししてくれるから。

 

 

他の誰でもなく、夏が。

 

 

【一貫性の安堵】




先日、vogue girl japanやnumeroなど数々の有名ファッション誌でフォトグラファーを務めるタミー・ボルピさん(Tammy Volpe (タミー ボルピ) (@bluebluetammy) • Instagram photos and videos)の写真展に行ってきた。



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NY、LAでの旅中に撮った写真でギャラリーの壁は覆われ、見る者を無意識のうちにその世界観に引き込む。


普段はモデルを被写体に作り込んだ写真を撮っているのだけれど、今回はノープラン、ノーセット、気の向くままにシャッターを切った写真を展示することでありのままの私の世界観を皆さんに楽しんで欲しいとタミーさんは語った。



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それぞれの写真にタミーさんの何気ないこだわりや歴史、“ストーリー”があり、撮影される道行く人達や何気ない風景にもそれぞれの“ストーリー”がある。


そんな一方通行なはずのストーリー達が、どこかで交わる。


その交点はフィルムに焼き付けられた写真の中にあり、ギャラリー全体の吸い込まれるようなタミーワールドの中にあった。



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自然体であることは無意識のうちに一貫性を生み、それは人を安心させ、更に人を引きつける。


ありのままのカメラマンと被写体、それらのストーリーが生み出す交点。


1枚1枚の写真にタミーさんの世界観が色濃く現れ、それらがギャラリー全体の空間を作り上げていた。



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写真展に行った一番の感想、それは何より“心が落ち着く”だった。


嘘偽り、ごまかしのない誰かの感性に触れ、都会の喧騒から抜け出せた、そんな先週末。


Nice to see you, tammy. 





Tammy volpe the first exhibition
“Nice to see you”
2016.6.18.(金)~2016.6.20.(日)
shibuya SO gallery