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Mikoku Fujiwara

1995年12月23日生まれの21歳。 青山学院大学 経済学部経済学科 3年(2017年5月現在) 。 企業研修を受ける中で人に何かを伝えることの難しさを痛感。 少しでもそれを克服できるように、また、少しでも“何か”を人に届けられるようにと思い立ちブログを開設。

【No Music, No Life.は古い】


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これがないと無理だなーと思うアプリの一つに、AWAという音楽配信アプリがある。

月額制で好きな曲を好きなだけ聴けて、それでいて自分が聴いてきた曲を元に「あなたにオススメの曲」をアプリが自動で提案してくれる嬉しい機能が備わっている。

 

 

自分で曲を探す手間が省ける訳だから、ガンガンいろんな曲を試せるし、「お気に入りの曲」が少しづつ増えていくことで、クローゼットの中の服が新しく1着増えた時の様な充実感を味わえる。

「これだ!」と、最初のイントロを聴いてピンと来る曲もあれば、歌詞を眺めながら「あ、これいいじゃん」って終盤あたりで“お気に入り追加”をタップすることもある。

兎にも角にも、新しく「お気に入りの音楽」と出会える瞬間は、僕の生活に潤いを与えている。

 

これといった面倒な利用登録も無く、ダウンロード初月は無料で試せるのが嬉しい。

このアプリの恩恵を受け、出会ったのがJess Glynne。


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Jess Glynne(ジェス・グリン)は26歳、今イギリスでもっとも注目されているシンガーソングライターの1人だ。

彼女が注目を浴びるキッカケとなったのは、ゲストボーカルとして参加したClean Banditの「Rather be」という曲が、2014年のグラミー賞を獲得したことに由来する。

耳に残るキャッチーなサビが印象的だ。

 

彼女の曲は、オシャレなアップテンポのビートに、背中を押してくれる前向きなリリックが特徴。

  

「Don't be so hard on yourself」が今、僕のプレイリストの一番上にある。

お気に入りのこの曲から、僕の一日は動き始めるのだ。

 

 

AWAを通じて知ったアーティストをもう一組紹介したい。

 “Suchmos”だ。 


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Suchmos(サチモス)は、2013年に神奈川県出身の6人で結成され、男らしい渋さと艶やかな大人の色気を併せ持つロックバンドだ。   

  

何曲か聴いてみたけど、その中で「STAY TUNE」が僕のお気に入りの曲となった。

「偶然なんか待てないよ」「うんざりだ」「Mで待ってるやつ もうGood night」


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ネガティブワードにも思えるこれらの歌詞が、肩の力の抜けた「大人の脱力感」にも思えてなんとなく好きだった。

 

もう1つ気に入った曲があったのでシェア☞

 

音楽の無い生活は当然考えられないけど、タワレコの「No Music, No Life」というキャッチコピーはそろそろ「No CD,  No Life」に変えるべきだろうと思った。

いま、Musicはスマホで手に入る時代だ。

 

 

 

【媚びない勇気】


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雨に濡れた夜の街が好きだ。

水溜りに反射した光が いつも以上に街を輝かせるから。

都会を彩るネオンの光は僕の目にそう写った。

思わずスマホのカメラを起動せずにはいられない、そんな衝動に駆られた夜のアオヤマ。


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日常生活の中で、そんな衝動的欲求に駆られることが多く存在するだろうか。

他人の目を気にせず「こうしないと気が済まない」と思うことが。

自分のエゴを最優先にしたい瞬間が。

 

人との関わり合いに多少なりとも揉まれれば、僕らはそれなりに「他人の目」を気にするようになる。

そうやって少しづつ「他人に嫌われる行動」とは何かを学び、それをしないように気をつけていくことで、“行動規範”は身についていくのだと思う。

僕らが「他人の目」を気にする最大の理由は、人との「面倒くさい衝突」を避けるためだろう。

「他人の気持ちを考えよう」だとか、「思いやりを持とう」だとか、そんなキレイごとなんかじゃない。

トラブルを避けたいからだろ?

そう疑問視してしまう自分がいる。


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電車内、とある高校生のヘッドフォンから音楽が漏れていた。

それを見た50代のサラリーマンが車内で突然、怒号と共に説教を始めた。

物好きなオッサンもいるもんだと思った。


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ひと、一人が影響力を発揮できるテリトリーなんてたかが知れている。

世界人口が72億人を超えた中で、僕らが生きている間に顔を合わせ、同じ空間で、同じ空気を吸い、同じ1杯のラテを啜り、会話を楽しむ瞬間をどれだけの人と交わせるかなんて考えてみても仕方がない。

身近な人たちを大切にするだけで僕らは精一杯なのだ。

 

「人として当たり前のこと」さえ守れていれば、今まで何度も顔を合わせ会った相手はそう簡単に離れていかない。

それでいて、離れていく相手が余りにも多いなら、最初からビジネスライクな「何らかの目的」を持ってあなたに近寄ってきた連中だ。

大人になればなるほど友達が出来づらくなると言われる由縁はこれかもしれない。

  

無理に友人を作ろうと躍起になるのも考えものだろう。

友人は多いに越したことは無いが、それが自分にとっての負担となるならば本末転倒だ。

 

 

他人のエゴをしっかり受け止められる人でいたいけれど、自分の意見はハッキリ伝えられるようでいたい。

嫌われる覚悟も時には必要だ。

それでも離れずにいてくれる人を、僕は友と呼びたい。

 

「一期一会」だなんて簡潔にまとめた言葉は好きじゃない。

お互いの素性を分かち合えた仲だ。

 

一期終わっても、また会いたいじゃん。 

 

 

 

 

【21回目の夏】


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昔は夏が嫌いだった。

中学生の時、高校生の時、思い返せば夏休みの宿題はギリギリになるまで溜め込むタイプだった。

あー、もう夏が終わるな。

そんな、ふとした季節の終わりを感じる時に、我に返るように課題の存在を思い出す。

万事休す。

もう少し“夏の思い出”に浸っていたい気持ちを他所に、慌てて課題にとりかかる。

後味の悪い夏をいつも送っていた。

 

 

1995年生まれの僕にとって今年の夏は特別な意味を持つ。

もう子供じゃない。

“大人”という体裁のもと初めて迎える夏だ。

 

子供と大人の違いはなんだろうか、考えてみた。

明確な定義など存在しないだろうが、僕の思う子供と大人の違いは、“責任の重さ”だ。

それまでずっと親に守られながら育ってきた環境が一変する。

 

大人となった今、自分の身は自分で守らないといけない。

やるべきことも全て自分でやらないといけない。

結婚して子供が生まれれば、自分以外の誰かをも守らなければならない。

課題の答えを隠れて教え合っていた親友は今年入籍した。

苦手な読書感想文をいつも手伝ってくれていた姉は数ヵ月後には新社会人だ。

 「自分のことなんて自分一人で完璧にやれて当たり前。」

その自覚をもてたらもう大人だと僕は思う。

 

 

大人になったことの責任を少しづつ肌身で感じながら迎えた夏。

“やるべきことリスト”はすぐに片付けた。

そのぶん生まれた余裕で、“やりたいこと・やってみたいこと”に注力した。

 

基本的に僕は好奇心旺盛な性格だ。

誰かがまだやっていないこと、手を付けていないことを見つけ、誰かに真似される前にトライしたい。

 

 

“挑戦すること”は負う必要の無い責任を自分から望んで負いに行く無謀な行為でもあると思う。 

未開拓な領域が未開拓である由縁は、

①単純にそれまでその存在に誰も気づいていなかった。

②開拓することのリスクをみんなが恐れて今まで避けられてきた。

のどちらかだろう。

どちらにせよ、“挑戦すること”と“責任を負うこと”は表裏一体だと言える。 

 

 

今までは夏が嫌いだった。

暑いし、動きたくないし、子供じみた理由だけど、楽しいこと以外何もしたくない気だるさがあった。

けど、今では夏が好きだ。

大好きだ。

何かに挑戦することのリスクを考えれば考えるほど、足踏みをしてしまう自分がいるけれど、きっとオレなら大丈夫。ってポジティブな気持ちに夏がしてくれる。

 

 

夏が1番好きな季節となった。

季節が僕の背中を押ししてくれるから。

 

 

他の誰でもなく、夏が。

 

 

【一貫性の安堵】




先日、vogue girl japanやnumeroなど数々の有名ファッション誌でフォトグラファーを務めるタミー・ボルピさん(Tammy Volpe (タミー ボルピ) (@bluebluetammy) • Instagram photos and videos)の写真展に行ってきた。



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NY、LAでの旅中に撮った写真でギャラリーの壁は覆われ、見る者を無意識のうちにその世界観に引き込む。


普段はモデルを被写体に作り込んだ写真を撮っているのだけれど、今回はノープラン、ノーセット、気の向くままにシャッターを切った写真を展示することでありのままの私の世界観を皆さんに楽しんで欲しいとタミーさんは語った。



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それぞれの写真にタミーさんの何気ないこだわりや歴史、“ストーリー”があり、撮影される道行く人達や何気ない風景にもそれぞれの“ストーリー”がある。


そんな一方通行なはずのストーリー達が、どこかで交わる。


その交点はフィルムに焼き付けられた写真の中にあり、ギャラリー全体の吸い込まれるようなタミーワールドの中にあった。



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自然体であることは無意識のうちに一貫性を生み、それは人を安心させ、更に人を引きつける。


ありのままのカメラマンと被写体、それらのストーリーが生み出す交点。


1枚1枚の写真にタミーさんの世界観が色濃く現れ、それらがギャラリー全体の空間を作り上げていた。



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写真展に行った一番の感想、それは何より“心が落ち着く”だった。


嘘偽り、ごまかしのない誰かの感性に触れ、都会の喧騒から抜け出せた、そんな先週末。


Nice to see you, tammy. 





Tammy volpe the first exhibition
“Nice to see you”
2016.6.18.(金)~2016.6.20.(日)
shibuya SO gallery